Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

ジョージ・ヘイテムの日記に記された朱徳 『偉大なる道』第9巻④ー12

 「10月30日。紅軍士官学校での、朱徳の第1回目の講演をきく。明快にきびきびと語った。情熱的で、将来に確信をもっている。学生たちに、来たる抗日戦において中国の当面する偉大な任務に応ずるため、日夜学習するよう訓示した。賀竜も話をした。何と張りきって話しをする人だろう。声量のある明瞭な声で身振り手振りいっぱいで話す。そして意気阻喪したものや虚脱したものの戦闘精神を呼びさます。

 

 「11月1日。党西北局にゆく。……そこで10月3日付の天津『大公報』を見ると、毛沢東のひきいる紅軍が徽県で惨敗したと書いてある。徽県では、朱徳の軍が戦闘なしに集結したのだ。そのとき毛沢東は千3百里離れた保安にいた。

 

 「11月3日。空襲があって、部隊と共に最近紅軍にうつってきた東北軍二個連隊の指揮官たちと、洞穴に退避した。空襲の間、3時間も彼らと話をした。彼らと彼らの部隊は抗日民族統一戦線を望んでいる。後でその部隊と話をした。統一戦線綱領を普及するため、紅軍が彼らを元の東北軍に送りかえすことを決めたので、彼らは悲観して意気消沈している。その両連隊を丘の斜面に集めて朱徳が話すのをきいた。朱は、彼らが元の隊に帰って、同僚を抗日統一戦線に転向させることがいかに緊急事であるかを説いた。朱は率直で、きわめて真面目で、説得力のある話し手である。考えを注意深くまとめ、教師のように、たびたび繰り返しながら、ゆっくりと明快にのべてゆく。思いあまった悲しげな面持ちの兵隊たちが、その後で彼のまわりに集まった。朱徳は慈父のようだ。すべての兵隊を愛している……