Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

国民党軍事使節団、紅軍を観察するため延安到着 『偉大なる道』第10巻①ー6

 こうした国民党の策動について私と話をしていたとき、朱将軍ははっきりいった。

 

 「もし国民党の提案を承認したなら、わが軍はつぶされただろうし、日本に対する抵抗は問題にならなかっただろう。蒋と彼の一派は、日本と戦うことなど本気で望んでいない。だが、戦わなければ、紅軍その他の抗日軍隊や中国民衆の手で、おのれが歴史の舞台から一掃されることを、蒋は知っている。わが軍は三個師団分の補助金や弾薬で我慢しなければならないかも知れないが、あとの四個師団を解体しようとは思わない。というのは、まもなく日本との戦争が勃発することははっきりしているし、そうなれば、国内のあらゆる人力と資源を勝利のために動員しなければならないことは明かだ。国民党は、口径の如何をとわず、新しい銃器の供給を拒絶した。また衣料や毛布や薬品も拒絶した。われわれが与えられるのはせいぜい三個師団分の金と弾薬ぐらいだろう。

 

 「しかし、戦争がはじまれば、わが軍の部隊は全部前線にゆく。われわれは、いつもそうしてきたように、人民のなかに根をはやして、彼らを動員し、訓練し、武装し、教育する。われわれは生きのびて戦うのだ」

 

 この会話をしたあと、まもないころ、国民党の軍事使節団が、紅軍を視察するため西北に到着し、延安を訪ねた。私も胡宗南が西安を接収したときに、逃れて延安に入っていた。

 

 国民党軍事使節団は、延安に1週間滞在していたが、私はそのあいだ朱将軍が、10年間も彼に戦争を仕掛けた将軍たちや大佐たちの接待をつとめるのを見ていた。その場合の彼は、私がこれまでに知っていたぶっきらぼうで素朴な兵隊ではなく、旧い社会秩序の上品さがすっかり板についていて、しかもまわりくどさやお世辞の伴わない人柄にみえた。その上品さの底には、威厳と重厚さと自信の、きびしいものが流れていた。国民党の将校たちをむかえた最初の朝食会の席で――私もそれに列席していた――彼は次のような飾り気のない言葉で、歓迎のあいさつをした。

 

 「本席は、数百万のわが国最良の子弟が亡くなった、血で血を洗う兄弟殺しの10年が、いま終わったことをしめす歴史的な瞬間であります。この民族統一戦線が、数年前に成立していたなら、中国の人力や天然資源は乱費されず、領土をうしなうこともなく、今日われわれは日本と対等に戦えるほど強くなっていたでしょう。

 

 「中国はいま新しい時代に入りつつあり、紅軍と共産党は、国家と民族の生存のための戦争をたたかうため、統一戦線をかため、かつ維持することに全力をあげる覚悟であります。

 

「中国は弱くて日本と戦えない、という人がいまでもおります。そうではありません。われわれは、戦闘のまっただ中で、わが国の人民を動員し、訓練し、武装することができるのです。紅軍の歴史がこのことを証明しております。われわれは、中国の人民をおそれていません。中国の人民は善良な人びとです。ただ抵抗戦争の原因と目的を説明してやり、生活問題の解決を助けてやりさえすれば、いいのです」