Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

人びとの協力で小都市に発展した延安 『偉大なる道』第10巻①ー8

 延安は、もともと小さな町で、これほど大勢の人間は収容しきれなかった。住居の不足を解決するため、谷に沿った黄土の崖に洞窟を掘りはじめた。これまで肉体労働をやったことのない学生たちが、つるはしやシャベルを取り、兵隊と協力して、この地域全体を洞窟住民の小都市に変えていった。戦争がはじまった後には、延安は人口5万の小都市に発展した。

 

 反動の堅い殻にも、あちこちひびが入りだした。4月には、上海の印刷技術者の一団が、新しい印刷機をたずさえて、西安から紅軍のトラックで乗りこんできた。これまで貧弱な印刷だった『新華日報』が面目を一新し、4月20日には共産党の中央機関紙『解放日報』が創刊された。

 

 この新しい『解放日報』の巻頭論文は、スペイン内乱に関するものであった。それは朱徳が書いたもので、彼の主な論文と同じように、歴史的な意義のあるものであった。はじめに民主主義のためのスペインの長い闘争について述べ、それにつづいて、

 

「今日のスペインでは、10万のイタリアとドイツのファシストたちが戦っている。……スペインは自身の独立のため戦っているばかりでなく、西欧がドイツとイタリアの手中に落ちるのを防ぐためにも戦っている。……スペイン人民は、国際民主主義部隊――アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、ポーランド、ロシア、その他の義勇軍――に支持されている。……中国でもスペインのような内戦になると考える人も多いが、中国には対日戦争のための統一戦線があるから、スペインのような内戦はない。中国で内戦をかき立てようとするものは、日本人を手助けするものだ」

 

 中国では、もとソビエト地区が改編されてできた特別行政辺区だけが、スペイン共和派に対する支持を声明した。その後しばらくして、スペイン共和国政府から送られたポスターが、陝西省の町や村の壁に貼り出された。