Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

太平洋戦争開始後ただちに日本への反撃開始 『偉大なる道』第11巻①ー9

 日本の戦略には、現地住民の反逆者、スパイ、仏教徒などの利用もふくまれている、と彼はつづける。さらに放送局、映画、新聞雑誌などの買取りと利用、それぞれの国の編集者、放送関係者、著述家や講演者などの買収もあった。日本の主なそして一番効果的な宣伝は「アジア人のためのアジア」「日華共存共栄」「英米帝国主義の軛(くびき)から中国を解放せよ」といったスローガンであった。

 

 だが、日本は数百万の中国人を殺し、家を焼き、中国の天然資源を略奪しているので、そんな宣伝にのるのは反逆者だけだ、と言明して、彼は付け加えた。

 

 「われわれは、日本の反英反米宣伝や、日本が後押ししているアジア諸国独立運動に、まどわされてはならない。日本帝国主義は、白人帝国主義と変わりはない。……われわれは、イギリス、アメリカが東方の諸民族に対してもっとひらいた政策をとるように希望する。そうすれば、日本は、東洋と西洋の諸国民のあいだを分裂させることはできないはずだ」

 

 その2週間後、日本が真珠湾を攻撃して太平洋戦争に入った。1時間もたたないうちに、朱将軍は管下の全部隊――岡村の「三光」掃討作戦で生々しい手傷をおっている部隊に、矢継ぎ早に命令を出した。ただちに反撃を開始して、日本軍部隊が南太平洋に転用されるのを妨害すると同時に、日本軍に占領された失地を回復せよというものであった。同じ命令の中で、日本占領地域から避難してくるあらゆる連合国人に保護を与えることも軍民に指示した。