Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『靴屋でも三人寄れば諸葛亮』 『偉大なる道』第11巻③ー4

 スティルウェル召喚のあとを、アルバート・ウェデマイヤー将軍がついだとき、アメリカの対中華政策が変わってきた。蒋介石と国民党右翼にとっては青信号が出たのである。『ニューヨーク・タイムズ』特派員のブルックスアトキンソンがいっているとおり、アメリカはこの時以来、腐敗した瀕死の政権を支持することになった。そしてその時から内戦は不可避になった。

 

 朱徳将軍の参謀長葉剣英は、外国人記者とアメリカ軍事視察団に、八路軍と新四軍の戦闘記録の報告書を提示した。そのうちの一章は、1940年秋以後に日本軍に寝がえった国民党軍のことをとりあげていた。1944年半ばまでに、少将以上の国民党将校67人が、部隊をひきいて日本軍に投じた。日本軍全部隊の62パーセント――敵兵力の4分の3――を八路軍と新四軍が引きうけて戦っていた。

 

 朱将軍は、アメリカ軍事視察団がきた少し後の公開の集会で、はっきりとのべた。

 

 「国民党はまったく弱いので、外国人のなかにはこれを中国の全部と誤解して、『中国はおわりまで戦い抜くことはできるだろうか』というものもある……だが古い中国のことわざに『棺桶をみるまでは涙をだすな』というのがある……また別に『靴屋でも三人よれば諸葛亮』(諸葛亮三国時代の大哲人政治家であった)ということわざもある。さて、華北には、わが軍と人民武装隊とあわせて、3百万人の靴屋がおり……村や県や地区政府の人民代表もたくさん選出されている。それをみな勘定すれば何人の諸葛亮ができるか、考えてみてください……国民党がわれわれを封鎖する、そこでわれわれは自分たち自身で働いて生産する。共同作業を組織的にやる人民は、外からの供給がなくとも一致して日本に対抗することができる。これが何より大きい歴史的教訓だ。