Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第11巻「ひとつの秘密の兵器」を読んで

この巻では太平洋戦争前後の状況が描かれている。

日本とアメリカだけではなくて、中国の革命側や蒋介石の国民党軍側がこの戦争の開始をどう考えていたのかもわかって興味深い。

こんなことを考えたこともなかった。

 

それと国民党側だけでなく、日本もアメリカもいわゆる「アカ」に対して強い警戒心を

もっていて、それと反ファシズムというイデオロギーも絡み、国際情勢を理解するのにとてもややこしいという感想をもっている。

 

気になるキーワード

 

自給生産運動―

国民党が解放区への外界からのすべての供給をストップしてきたので毛沢東が公式に宣言する。

 

「三光」戦略―

1941年7月に華北日本軍の総司令官岡村寧次によって開始された。目的は太平洋戦争にそなえて華北を粛清することだったと。12月に太平洋戦争開始。八路軍は反撃を開始。よって日本軍は華北の軍隊を南太平洋に転用できなかったと朱徳はのちに報告している。こういう考え方もはじめて知った。

 

日本軍隊内の変化―

1942年の半ばごろに日本兵の降伏や脱走がきわめて増えてきたと朱徳は報告。実際に脱走した人を個人的に思い出すことができる。その人は中国人捕虜を刀で殺すように命令され、戦後ずっとそのときの感触から解放されることはなかったときいた。赤紙1枚で召集されてこういう行動をとらされる理由はまったくない。

 

日本人民解放連盟・岡野進(野坂鉄)―

1943年ごろには八路軍のいくつかと連絡をとっていたとある。

 

欧米列強の宣伝―

第二次世界大戦は民主主義のための戦いと宣伝されていたが、1940年まで日本に戦略資材を売っていた事実から朱徳たちは信用していなかった。こういう事実を知ると戦争とは何かと思う。

 

葉剣英朱徳の参謀長。地味に存在感がある。

 

真珠湾攻撃

この攻撃につづく最初の2ヵ月間は日本は圧倒的勝利をとった。しかし朱徳たちは、太平洋戦争を予期していたし、日本がアジアの戦線に近いことや欧米が長年日本の軍事力の強化を援助した事実から、日本軍の初期の勝利すら予想していたと。

 

東方民族会議―

 

日本のスローガン―

「アジア人のためのアジア」「日華共存共栄」「英米帝国主義の軛(くびき)から中国を解放せよ」

      

スバス・チャンドラ・ボース親日運動―

スティルウェル将軍召喚―
アルバート・ウェデマイヤー将軍―

次巻では広島長崎の原爆投下が扱われる。あらためて太平洋戦争とはいったい何だったのかと思う。