Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

ルーズベルト大統領の再選と影響力 『偉大なる道』第12巻①ー1

 第二次世界大戦の最後の年になって、この戦争が終わっても国民党の独裁は緩和されないだろうということがますますはっきりしてきて、朱徳将軍や同志たちの考えに、深刻な変化がおこった。

 

 彼らには、中国の情勢はいつもはっきりとわかっていた。国民党は、戦わずして独裁をあきらめることはしないだろう、という確信を裏づける「事件」や危険信号が、ありあまるほどあった。だが、彼らは、解放地区で民主主義運動が発展し、その影響を受けて国民党地域でも同じ運動が強くなって、内戦が阻止されることを望んだ。また、あれほど表明している民主主義の建前からいって、連合国が、国民党の中国人民に対する弾圧をゆるめさせるだろうと期待した。そしてファシズムの敗北によって、国民党のイデオロギーの地盤が、一掃されるだろうと信じた。

 

 スティルウェル将軍がしりぞいて、ウェデマイヤー将軍と、いかなる場合でも蒋介石を支持するパトリック・ハーレイ大使に代わったことは、中国のあらゆる民主勢力のあいだに大きな不安をまきおこした。ただルーズベルトが大統領に再選されたため、この不安がある程度緩和されたことは事実であった。――それは一方で国民党にとっては憂うつな事件だったが。

 

 いまひとつ暗夜に希望の光をなげたのは、ルーズベルトの影響力によって、国民党が1945年春のサンフランシスコ安全保障会議の中国代表団に、他党の代表を加えさせられたことだった。しかし、その場合でも、蒋介石は代表の任命権は自分だけにあると主張した。そして、民主同盟内の2つの小党派から各1名の代表を出しながら、共産党代表としては、薫必武ただひとりを任命した。