Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

できるだけさけたい内戦 『偉大なる道』第12巻①ー3

 朱将軍はルーズベルトの死ぬ数ヵ月前まで、中国の内戦をはばむことはできるとくり返しのべていた。1944年夏、延安での外国人記者団との会談ではこのようにいっていた。

 

 「われわれは内戦のことは考えたくないし、断じてそんな戦争をしかけることはない。しかしわれわれも、国内の他の民主勢力も、長い闘争で勝ちとった民主主義の成果をまもるつもりであり、それを破壊しようとするいかなる反動とも断乎戦う心構えである。もし国民党が、われわれをやっつけたいと考えるならば、彼らは中国の全人民と戦わなければならないことになる。そのような戦争は現在の戦争のつづきといえるだろう――そうなると、第二次世界大戦は枢軸国の敗北で終わらない、ということになるだろう」

 

 それから1年後、朱将軍は「戦場の勝利は反ファシスト戦争の終わりではない」ということ、「日本は、中国の内戦をあおることによって、連合国間の仲たがいの種をまき、それによって自己の破滅から逃れようとしている」こと――しかも日本のこの努力は「国民党の強い支持」を得ていることを、警告した。

 

 朱将軍は、1945年4月24日、延安でひらかれた中国共産党第七回全国代表者大会の席上でも、これと同じ警告を発表している。彼の司令部には、国民党部隊が国民党の指令によって敵に加わり、国民党と日本軍の二重の指揮をうけて人民軍と戦っていることを証明する多数の文書や、その他の証拠があった。国民党最高司令部は、それらの傀儡部隊と無電で連絡をとっていた。そして戦争が終わったら、いっしょに行動している日本軍に国民党の記章をつけさせて、解放区攻撃をつづけるよう命じていた。