Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳による抗日戦争8年の報告 『偉大なる道』第12巻①ー5

 この大会で党の中央委員に選ばれた朱徳将軍は、抗日戦争8年のことをまとめて報告した。彼は戦争の各段階を分析して、第一段階では国民党軍の一部も勇敢に戦っていたことを指摘した。ところが政府は「反大衆的な政治体制」に固執したため、ひろく分散した日本軍の戦略的弱点を軍事的に利用することができず、逆に「敵に国民党の過ちを利用するすきを与え、広い戦略地域を奪われた」のであった。

 

 八路軍と新四軍は8年近い戦争の間、敵の後方に浸透し、反撃作戦をおこない、大きな日本軍部隊を翻弄し、多くの解放区を設立し、敵の後方に新たに戦線をくりひろげ、国民党の戦場を援護し、全国民の戦意を高める勝利をいくたびかおさめた。人民軍は毛沢東のまとめた持久戦戦略によって作戦し、もっとも悲惨で見のがすことができない闘争をおこなった。

 

 解放区にとってもっとも困難な時期は、1940年秋以後の2年間だった。「百団大戦」の反撃をはじめたため、また日本が華北を太平洋戦争の軍事基地に変えようとしたため、敵は相ついで、野蛮な攻勢に出てきた。そして「国民党部隊と連携して、解放区を集中攻撃してきたので、かつてない重大な情勢が生じた」1941年から43年までに「50万近い国民党部隊が、6,70人の将官にひきいられて日本側に寝がえった」

 

 太平洋戦争がはじまったのちは、国民党軍の戦線では大した戦闘はなかった。解放区が中国にいる日本軍部隊の大部分と傀儡軍の95パーセントに対抗した。

 

 「理屈から考えれば」と彼はつけ加えた。「国民党はこの期間、武装抵抗力の強化と反攻の準備に専心していいはずだった。ところがそれをしないで、妥協を目的に日本と秘密の取引をつづけ、3回も反共作戦をおこなった」