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東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳と彭徳懐、武装解除の決定権をめぐり蒋介石に抗議 『偉大なる道』第12巻②ー6

 8月12日には、8万の国民党部隊を解放区の戦闘位置に輸送するため、アメリカの輸送機や船舶が集められているという報告が延安に入った。最初に輸送される部隊はアメリカ将校に訓練された米式装備の新しい国民党軍だろう、ということもつたえられた。

 

 この同じ日に、蒋介石総統は朱徳に正式の命令を発して、部隊の出動を停止し、敵軍の武装解除については別命を待つようにいってきた。そして武装解除の時期については、連合国だけが決定権をもっているとつけ加えていた。

 

 朱徳彭徳懐副司令は、翌日すぐに蒋に返電した。「貴下はわれわれにまちがった命令を出されたと考えている。われわれは……この命令を断じて拒絶する以外はない」そして、蒋が華南の日本軍に対して現在地の国民党軍に降伏するよう命令した事実を反証にあげた。なぜ蒋は、憎むべき傀儡と日本軍に、そのまま武装を継続し、法と秩序の維持にあたるよう命令したのか。そしてなぜ彼が指定するもの以外の武装解除の要求を拒否するよう命令したのか。

 

 朱と彭はさらに、欧州では、ナチス・ドイツ軍が連合軍の命令によって現在地の連合軍部隊に投降していることを、蒋に想起させた。ナチスには、どこで誰に降伏するという選択の自由を与えていないのだ。電報の最後にはこう主張した。「われわれは、あれほどわれわれを苦しめた敵と傀儡部隊を、われわれ自身の手で一掃する完全な権利をもっている」

 

 解放区の日本軍と傀儡部隊は、蒋の命令にしたがった。彼らは降伏どころか猛烈な反撃に出てきた。はなはだしい場合は、飛行機や戦車を先頭に共産軍部隊を襲撃した。国民党前進部隊といっしょに南京に飛んだあるアメリカ人記者は、完全に武装した日本軍部隊が新四軍にむかって前進しているのを見たと報告している。