Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

日本軍国主義を温存する動きに警戒 『偉大なる道』第12巻③ー1

 朱将軍は生え抜きの軍人そのものだったが、人類の歴史上もっとも偉大な闘争のひとつのまっただ中に立っていることを、はっきりと自覚していた。

 

 彼の机にとどくほとんどすべての書類、国際社会にみられるほとんどすべての動き、それらはすべて、国籍や人種の境界をこえて階級は階級をよびもとめるという、彼の確信を裏付けた。

 

 その机には、華北の日本軍部隊が出した布告の写しがのっているが、それは彼らが「重慶政府軍政部長何応欽将軍から中国共産匪を攻撃する命令を受けた」ことを明白にかたっていた。山東省チャンエンからきた分は、多くの日本軍部隊は「将来の中国国軍に編入されるだろう」とさえいっていた。

 

 書類の間に民族主義的な大新聞『大公報』が一部あるが、それは日本の降伏は「一時的な休戦」にすぎなかったとさけび、重慶は「日本人戦犯や傀儡中国人やその他の反逆者に対してまったく措置をとらなかった」だけでなく、「彼らを解放区の中国人との内戦に使ってさえいる」と糾弾した。

 

 延安の日本共産党指導者岡野進は、8月24日、連合国によびかけたコミュニケのなかで、天皇ヒロヒトの最近の「詔勅」は「日本の敗戦を否定し、中日戦争の責任を否定し、将来の復讐の準備さえ意味するような、あいまいな言葉」をふくんでいることを警告した。

 

 岡野はまた日本の新しい内閣について警戒した。

 

 「いったい誰がこの戦争犯罪者や反民主主義的軍国主義の一団に、戦争犯罪者の厳罰、日本の完全な非軍事化、および民主的政府の樹立を要請するポツダム宣言の実行を期待できるだろうか。断じてできない! 日本軍国主義は、皇室を煙幕に利用しているのであって、反動勢力はその背後で、彼ら自身を温存するために、連合国に協力しようとするだろう」

 

 これが岡野の中国での最後の声明だった。これを発表したすぐ後、彼は延安で改心した2百人の日本人捕虜といっしょに、華北をとおって、途中の解放区根拠地で仲間をひろいながら、日本への帰国の途についた。