Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳、解放区を襲撃する反逆者たちを非難 『偉大なる道』第12巻③ー4

 重慶でのこの交渉がつづいているあいだ、朱徳将軍は相変わらず延安で、こつこつ熱心に努めていた。連合軍の勝利を祝う9月5日の民衆大会で、民主的な中国だけが国民を統一することができること、そして民主主義の実践と生産活動の点で、解放区が全国の手本にならなければならないことを説いた。

 

 「もしいかに戦うかを知り、しかも戦争中にも生産に従事し、そして真に人民に奉仕する人民軍というものがなかったならば、戦争での勝利も平和と復興における勝利もまったく問題にならなかっただろう」と彼はいった。「だが、それにしてもわれわれは、多くの中国人反逆者たちが処罰されないばかりか、高い官職についている事実も決して忘れてはならない」

 

 重慶の民営新聞は、朱将軍を引用して政府に問いただした。「それらの反逆者と誰か? 誰の命令によって、日本軍はいまもなお解放区を襲撃し、わが人民を殺戮しているのか?」

 

 政府はこの質問を無視したが、外国の特派員たちがそれについて軍政部長にたずねると、「私はそんな報告は見ていない――私はいそがしいのだ」と答えた。朱徳将軍はそれに対して9月17日の論文で多くの例をあげて反駁した。

 

 山東省済南の日本軍憲兵は、最近国民党の制服に着かえ、名称を「中国憲兵隊」に変更し、その日本人の隊長は中国名を名のっている。

 

 また、山西省の日本軍は、いまでも省内のあらゆる鉄道、自動車、郵便局、発電所、工場などを管理しており、太原府の日本軍司令官は最近次のような布告を出した。

 

 「閻錫山将軍指揮下の晋綏軍の要請により、山西の日本派遣部隊は、その兵力の一部を保持し、晋綏軍の中国共産主義者掃討を援助することに同意した。北京へ向け出発する計画の居留民に、しばらく太原府にとどまるよう勧告する」

 

 そして太原府では、日本軍部隊と傀儡軍部隊が国民党の指示の下に行動していると朱将軍は非難した。一方国内いたるところで、新旧の反逆者たちや日本人と中国人の役員たちが「まるで一家族のように行動している」

 

 朱将軍は彼らの名前をあげた。


 「日帝協力軍の司令官リ・シェン・リァンは新たに国民党の青島市長に任命された。中央通迅社の報道によると、この悪名高い反逆者の部隊は、すでに青島を接収しているという。

 

 「9月4日、1千名の日本軍がリン・チャオのひきいる数千の傀儡部隊とともに、わが華南抗日旅団にはげしい攻撃をくわえ、戦闘はまだつづいている。また河北省東部の日本部隊は傀儡満州国軍部隊と協力して、遵化地方で掠奪殺戮の共同作戦をやりだした……

 

 「また、戦争中北京の傀儡中央銀行の総裁だった汪時環は、最近重慶に飛んで秘密会議をおこなった。会議がすむと国民党機が彼を送りかえした。彼は国民党から、従来どおり仕事をつづける特別任務をあたえられている。

 

 「多くの反逆者が処罰されずにすんでおり、また同胞を虐殺した傀儡軍将兵が、国民党の下で高い公職についている」