Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳、マッカーサーの日本人戦争犯罪者名簿に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー5

 朱将軍はそれから数日後に、また文章を発表して、こんどはマッカーサー将軍が東京で発表した日本人戦争犯罪者の名簿に抗議した。この名簿には38人しかのっておらず――真珠湾攻撃当時の閣僚と、フィリピン、ビルマ、そしてオランダ領東インドの残虐行為の責任がある地位にあった高官だけであった。名簿には中国での残虐行為の責任者はひとりも入っていなかった。

 

 朱将軍はまた、日本は重工業の若干と極東貿易における指導的地位を保持することを許されるだろう、という9月11日のマッカーサー将軍の声明を攻撃した。連合国は第一次世界大戦後と同じあやまりを犯そうとしていると警告し、マッカーサーは「第三次世界大戦のダイナマイトをしかけるのに懸命な日本ファシストのために、温床を残してやっている」とのべた。

 

 まもなく多くの事件が発生して、中国共産主義者重慶に招かれているのは表向き発表されていることとはまったく別の理由によることが、明らかになった。毛蒋交渉がまだつづいている9月30日、アメリ海兵隊が、日本軍部隊がたくさんいる華南ではなく、華北の都市に、日本軍を武装解除し送還するという名目で乗りこみはじめた。そして結局5万のアメリカ部隊が中国の領土に入りこみ、人民軍に挑戦する傀儡部隊や国民党部隊――時には日本軍部隊とさえ――肩をくむことによって、直接間接に内戦に参加したのである。