Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朱徳、アメリカの露骨な内政干渉に抗議 『偉大なる道』第12巻③ー6

 重慶協定が調印される5日前の10月5日、朱将軍はまたも国際外交の舞台に登場して、アメリカの内政干渉に対して、重慶の米軍事当局に断乎たる抗議をたたきつけた。

 

 それは、八路軍が早くも8月2日に日本軍から解放していた芝フに、アメリカ軍がやみ撃ちをしかけた事件に対するものであった。10月1日、芝フ沖に停泊したアメリカ艦艇から将校が上陸して、八路軍守備隊をたずね、市中の米国財産を点検することと、湾内の小さな島の一つに休養目的で海兵を上陸させることの許可をもとめた。

 

 要求は二つとも非常に好意的に許可された。翌日、同じ将校がやってきて、中国の沿岸防備を見たいと申し出た。それも許し、八路軍将校が同行して視察させた。

 

 ところが10月4日の朝5時、アメリ駆逐艦から上陸してきた将校が、八路軍守備隊に向かって、芝フ地域の沿岸防備と兵力をすべて撤去して、かつ市政府をアメリカ軍に引きわたすよう命令した!

 

 朱徳将軍はアメリカ軍事当局者にあてた抗議のなかで、彼の司令部との事前の取り決めなしに万一上陸を敢行して、重大な事態が発生したならば、責任はすべてアメリカ側にあることを警告した。もちろん彼は、米軍司令官がアメリカの港を外国海軍に渡さないことは想像できるように、それを許しはしないであろう。

 

 アメリカは芝フ事件では折れたが、ほかの場合はそうではなかった。10月18日、アメリカ部隊は天津の八路軍事務所を包囲し攻撃し、そこにいた幕僚を逮捕してアメリカ軍司令部に連行した。

 

 この事件でも、ほかの2つの事件といっしょに朱将軍が抗議を出した。事件のひとつは、米軍10機が解放区の宏次の町をおそって、民衆大会を機銃掃討し、多数の人民を殺傷したことだった。もうひとつは米軍10機が解放区の固安の上空を旋回して通信を投下し、八路軍守備隊に、2日以内に撤退を命じ、もしきかなければ攻撃すると脅したことだった。

 

 朱将軍はこれら3つの中国主権の侵犯に対する謝罪、天津の八路軍財産の弁償、宏次における死者の遺族と負傷者に対する賠償を要求したのち、ウェデマイヤー将軍に通告した。

 

 「私は、このような中国主権の侵犯と中国の国内問題に対する干渉をくりかえさないよう、貴官が適切な措置を講じ、かつ保証されること、また米軍が国民党の解放区攻撃に参加しないことを、強く要求する」

 

 アメリカ人記者の報道によると、ウェデマイヤー将軍は朱将軍の抗議を無視して、2日後の秘密会議では、レンド・リース援助を国民党にあたえると同時に国民党軍を装備するという、アメリカの意図と計画について多くの国民党陸空軍の将軍たちに話したといわれる。

 

 それと同時に中国紙は、米軍機が西北を封鎖中の国民党軍や、解放区の国民党部隊に、弾薬を輸送していることを報道した。