Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

作戦基地だった満州をめぐる米ソの思惑 『偉大なる道』第12巻④ー2

 アメリカは、ロシアが、撤兵前に満州の産業機械を奪い去ったことを強く攻撃した。若干の非難が事実にもとづいていたことは疑いないが、剥奪の理由が十分に説明されたことはない。私は事実は次のようなものだろうと考えている。

 

 たしかにロシアは、日本が過去14年間に対ソ戦基地の満州に建設した戦争施設や軍需工場は、すべて剥奪したにちがいない。太平洋戦争がはじまるまでは、西洋資本主義国も満州を「アジアにおける反共の要塞」と見ていたのだ。「アジアの闘鶏場」である満州はまた、19世紀の末以来、アメリカ金融家のねらいのまとであり、ロシア革命のときは、ソビエトに対する作戦基地でもあった。

 

 反革命的な国民党政権を支持するアメリカ人が、第三次世界大戦のための作戦基地の一候補として、満州の日本軍事基地を蒋介石に接収させたいと考えたことは疑いない。ロシアがこの基地を剥奪したことは将来の反ソ基地の基礎を弱めたことになる。

 

 朱将軍、その他の中国共産党指導者は、祖国が第三次世界大戦の戦場になるのを、だまって許すつもりはなかった。第三次大戦となれば、朱将軍が何度かいっているとおり「中国人民は肉で、帝国主義者が屠殺者」になるからだ。彼らはソビエト同盟が国民党政権を承認していたので、ソビエト同盟や赤軍に頼るわけにはいかなかった。しかしソビエト同盟が基本的に中国共産主義者に共感を持っていたことは疑いなかった。ただし中国共産主義者が政権をとれるほど十分強いと考えていたかどうかは疑問だったが。

 

 1945年11月末ごろの情勢はこのようなものだったが、このころ、ふたりのアメリカ人記者が飛行機で延安をたずねた。