Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

民主連合政府を樹立する重慶協定調印 『偉大なる道』第12巻④ー6

 1946年1月末、国民党、共産党、民主同盟の代表と政党外の代表は、民主連合政府を樹立する歴史的な重慶協定に、厳粛に調印した。委員会はすぐ新しい民主憲法の起草に着手し、これは総選挙のあとに新たな中華民主共和国の国会で討議し採決されるはずであった。

 

 この重慶協定の最も重要な点のひとつは――国民党代表はそれとたたかって敗れたわけだが――新政府の行政部門を、大統領ではなくて国会に対して責任をおうことにしたことだった。これは、1911年以来くりかえし起こったように政府が独裁者の道具になるのをふせぐため、特にもうけた規定であった。

 

 重慶協定に調印したすぐあと、国民党と共産党の代表はもうひとつの協定に調印し、マーシャル将軍がそれに副署したのだが、それはそれぞれの部隊に停戦命令を下し、各軍を縮小再編成して、合同最高司令部の下の国軍を創設することを取り決めたものであった。

 

 共産主義者はこの協定は実行されると確信していたので、朱将軍の司令部は、ただちに人民軍全師団の解体に着手し、それは停戦協定によって18個師団に減らされることになり、一方、国民党軍は90個師団を維持することになっていた。3ヵ月のうちに50万が動員解除されて、各自の郷里におくりかえされた。