Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

国民党、共産主義者の掃討計画を着手 『偉大なる道』第12巻⑤ー3

 3月4日、マーシャル将軍が延安をたずねた。朱将軍はその歓迎民衆大会で、マーシャル将軍が3ヵ月足らずのあいだに中国の内戦をとめ、軍の再編成計画をたて、民主主義と平和への第一歩を成就した功績をたたえた。そして人民解放軍は停戦条項とマーシャルの設置した軍事執行部の指令を忠実に実行する、とのべた。

 

 マーシャル将軍は、3月初旬ワシントンにゆき、5億ドルの借款を請求したのだが、これは12月15日のトルーマン大統領の声明によれば、新しい民主政府だけにあたえられるはずであった。

 

 ところが国民党反革命の武器庫には、マーシャルが想像もしないような謀略がかくされていた。マーシャルの不在のあいだに、国民党中央執行委員会は秘密会議をひらき、重慶協定の決定を廃棄した。国民党は行政部門が国会に対して責任を負うという原則――これは蒋介石の独占を奪うものであった――を否認したうえ、新しい連合政府におくる自党の代表者だけでなく、他党の代表者までの任命権を、要求した。

 

 国民党がどんな政府を考えていたかということは、共産主義者に農林部長の地位を割り当てたことではっきりした。というのは、この地位はこれまでずっと現役をしりぞいた軍閥の収容所だったからである。民主同盟のひとりは教育部長の地位が提供されたが、彼は「私はこんな地位より生命の方が大事だ」と回答した。

 

 共産党と民主同盟は、国民党のあらゆる申し入れを拒絶して、一月協定の完全履行を要求した。しかし国民党は、単に協定の取り決めを廃棄したばかりでなく、共産主義者の掃討を目標とする秘密計画の具体化に着手した。

 

 その計画は3つの段階に分かれていた。第一の準備段階では、民主同盟に指導される国民党地域の民主運動を、買収によって沈黙させるか、テロによって破壊する。そしてアメリカの目に、中国問題が、中国人民の民主主義のための闘争ではなく、国共のぎりぎりの権力闘争として、映るようにする。そうすれば、全能のアメリカがどちら側につくかは明らかだったからだ。

 

 第二の段階――共産軍に対する掃討戦の段階は、7月半ばに開始されることになった。

 

 この第二段階は、そのまま次の第三段階――米ソ戦の段階に転入する予想であり、この戦争でアメリカが勝って、中国と世界の有産階級に対する共産主義の脅威がついに永久的に取りのぞかれる、というのが国民党の確信だった。