Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

国民党地域での秘密警察によるテロの時代 『偉大なる道』第12巻⑤ー4

 蒋介石はこの当時「3ヵ月準備して、あと3ヵ月で共産主義者を絶滅する」と豪語したと伝えられる。

 

 朱徳将軍が、この陰謀の詳細を知っていたことは、五四運動記念日の民衆大会での彼の演説で明らかであって、彼はそこで、重慶協定はこの陰謀のためぶちこわされたとのべた。

 

 「まだ闘争に勝ってはいないが、しかし全中国人民がこの陰謀をやっつけることを確信して疑わない」

 

 1946年3月から7月にかけて、秘密計画の第一段階が実行された。満州華北一帯にわたって戦闘がつづいているとき、国民党地域では秘密警察のテロ時代が出現した。反対派、とくに民主同盟の新聞雑誌社は平服の秘密警察の暴徒におそわれて破壊された。印刷工や編集部員が殴打され、多くの記者が誘拐されたり殺されたりした。西安では、秘密警察が民主的日刊紙の印刷工場を破壊し、幹部をなぐり、主筆を射殺した。事件を告訴した弁護士ワン・エンは、とらえられて処刑されたが、国民党はあとで、彼はアヘン吸引者だったと発表した!


 上海の北の南通市では、国民党軍と新四軍のあいだの戦闘を調べに休戦班が来ることになっていたが、秘密警察が住民に、家の中にいて証言しないように強要した。ところが町の人びとは休戦班を歓迎にでて、20人の教師や著述家や新聞人が証言した。この20人は翌日姿が見えなくなった。16人の死体はついに見つからなかったが、4人の縛られた死体が数日後に近くの川で発見され、その身体は切りさいなまれ、眼はえぐり取られていた。

 

 広東では、秘密警察が、すべての書店と文化団体をおそって閉鎖し、アンラ物資にからむ官庁の腐敗を暴露した2つの自由主義日刊紙を破壊した。これらの新聞は、一隻分の救済米がそっくり国民党第五十四軍にわたっている事実をつきとめていた。数百袋の米がなくなっていることを記者が指摘すると、アンラの中国人役員はすまして答えた。

 

 「強い風が吹いてきて、米袋が海に飛ばされた」