Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『偉大なる道』第12巻「偉大なる道」を読んで

『偉大なる道』(アグネス・スメドレー著、阿部知二訳)を最後の巻まで読み終えたことになるが、もう4、5回目になると思う。

一冊の本をこれほど繰り返し読むと、前回読んだときはよくわかっていなかったことも頭の中で整然としてくる。この巻は現代史にぐーんと近づいてきて、西洋列強の強者だったイギリスにとってかわって、アメリカがアジアに露骨に登場してくる歴史の転換点が描かれている。

 

それとまだ先になる朝鮮戦争の遠因を考察できる時代でもある。

満州をめぐる大国の思惑がくすぶり続けて、地域を変えて決着をつけようとした?

中国とロシアの微妙な政治的関係も考えさせてくれた。

 

(気になるキーワード)

 

ルーズベルト大統領の再選―

国民党側にとっては憂鬱な出来事だったが、共産党側にとっては希望の光だったと。

 

サンフランシスコ安全保障会議

 

ルーズベルト大統領の死―

人は誰でもいつかは亡くなる運命だけど、このタイミングで? スメドレーはどう解釈したのかな。

 

抗日戦争―

中国側からみた表現。私もまだよくわかっていないが、太平洋戦争と比べて日本国内での扱いが少ないことは事実。

それと太平洋戦争を考える際、日本とアメリカだけの問題ではなく第三者的な蒋介石などもどう考えていたかも考える必要があると思った。

本文では蒋介石と太平洋戦争の興味深い関係が書かれていて考えさせられた。

 

レンド・リース物資―

ウェデマイヤー将軍―

ハーレイ大使―

ヤルタ会議―

ポツダム宣言

広島・長崎に原爆投下―

岡野進―

岡村寧次―

 

武亭―

朝鮮人司令官とあるがはじめてきく名前だ。どういう人かまったく知らない。

金日成将軍とはどういう関係?

中国でのKoreanの独立運動家は、中国の革命運動の中で展開するグループと独立して行動するグループの2派があったと読んだことがある。この人は前者になる。金九は後者か?

 

閻錫山―

ソ連との友好同盟条約―

 

民主同盟―

共産党と国民党の中間に位置していた? 

 

日本人戦争犯罪者名簿―

 

毛沢東蒋介石の直接交渉―

この二人直接会っているんですね。

 

重慶協定―

今回の精読でやっと意味がわかった!

マーシャル将軍―

トルーマン大統領―

 

*****

 

中国との戦争については事実関係をもっと共有していかないといけないのではないかとずっと感じてきた。

Koreaでは8月15日の解放を中国との関係ではどうとらえたのか?

 

旅先や日常生活で遭遇した中国の人との好感・嫌悪の個人的感情はあくまでも個人の問題。
個人的には「この人とは合わんわ」などいろいろな感情の起伏をもってきた。

しかし、欧米列強に触発された過去の歴史を国として振り返ったときはいつでも、「あの時代はいけないことをした」という反省点にたち、欧米の干渉のないところで新たな水平線上の関係を築いていく必要があると思っている。

 

一方、ヨーロッパに匹敵するほどの国土の広さと多民族、多宗教、多文化国家である現代中国を思うと、共産党一党だけで治めていくことの限界もそろそろ見えてくる。

上海や香港などの大都市と独自の宗教や言語や文化歴史をもつ少数民族が住むエリアを同じ理念で「中国」とまとめていく必要があるかなと疑問に思っている。

 

政治のことを考えるのは苦手な部外者だけれど、ゆるくつながっていくあり方が模索されてもいいように思うが。

飢えた農民や都市労働者と、ぼろをまとった革命家たちが共産主義を拠り所にして建国した時代の影響力はすでに終わった?

北京オリンピックの開会式のイベントで、そのあたりのことをまったく触れなかったのももう過去のものなのか?

 

次はそれぞれのエリアの文字をふくめた母語と中国語を話せるバイリンガルの人びとが創るユニークな「国」はどうかな。

中華モンゴル共和国、中華チベット共和国、中華ウイグル共和国、中華コリア共和国……

と中国語を公用語のひとつにしてパスポートなしで自由に行き来できる国の集合体を無責任に考えている。

今のヨーロッパがそうなっているのかな?

しかし共通言語がないところが中国とは決定的に違う。

考えがまとまっていないのでここまで。

 

とにかく大国になった中国が新たに変わっていこうとするときに、日本も変わっていこうとする誠実さで向き合っていけたらと夢見ている。もちろんKoreaも。

 

スメドレーにはもっと生きて、せめて朝鮮戦争前夜あたりまで朱徳たちから情報を得てこの続きを書いてほしかった。

彼女はアメリカでは名誉回復受けているのかな。

 

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数年前に『偉大なる道』を少しずつ分割して他社のブログにすでに載せ終わったのだが、以前からこの硬派のブログの内容は向かないような気がしていた。

ではこのはてなブログが合っているのかわからないけれど、他社よりはベターと感じている。

思い立ったが吉日、ネット空間の片隅のお気に入りの蔵書を一冊一冊本棚を移し終えた。

蔵書はたとえ一人でも読まれることを望んでいるので、このままで終える気はない。

 

実は、その前にもう一度大きな自然災害を経験したり、体調をくずしたりして、こういうことはどうでもいいというような感情に陥ると思ってきた。まだきていないのか、もうすでに始まっているのか、とにかく有限の時間を意識してきたし、今も続いている。

 

コロナ禍という新たな生きにくい時代を経験している今、やりたいことをやれるのはうまくいってあと10年だろうと思っている。