Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

キムチは自らの地位を築いた!

よく買い物をするスーパーの漬物コーナーでは、梅干、たくあん、キムチを並べる面積はほぼ同じで、他の漬物よりも圧倒的に広い。

いつからこんなに普及し始めたのかなと思う。

もう数十年前からの傾向かな。

 

私は結婚するまで、キムチを買ったことがなかったが、夫が毎日食べても飽きないぐらい好きなので、買い始めた。

夫は九州の田舎町で育った人なので、多分大阪に出てくるまでキムチは食べたことはなかったと思う。

ある日下町の露天で売っているキムチを食べたときに、あまりの美味しさに帰郷するときにはおみやげに持って帰ったこともあるという。

 

夫が出かけるときによく一人で作るお弁当は、ご飯の間にマヨネーズ、キムチ、ピザ用チーズをはさんだキムチ丼風か、マヨネーズかマーガリンとキムチをはさんだサンドウィッチだ。

私はまったく受け付けられないので味はわからないが、本人は「こんな美味しいもの……」というぐらいかなりいけるらしい。
キムチとマヨネーズは合うらしい。

韓国でこんな丼やサンドウィッチ売っているのかな。

そもそもサンドウィッチの具にキムチを使うことはあるのかな。

 

私は小さいころからキムチを眺めてはきたが、複雑な家庭環境ゆえに親しめなかった。
今までの見聞でいうと、在日Koreanではかなりめずらしい。

このことを知ったときが、育った環境の複雑さに気づいたときでもあった。

小さい頃の味の記憶がないので、冬場にスープやお鍋で美味しく食べるぐらいで、今でも漬物としては積極的に食べたいと思わない。

夫の酒飲み仲間から「アホちゃうか」なんていわれたことがある。

 

Koreanとキムチの関係は日本でいえば、なんだろう。
たくあんや梅干との関係は超えている感じがする。
キムチなしでKoreanは生きていけないのではないか?

飽きないのかな。

 

新聞を購読していた頃、1932年生まれの作家高史明氏が、少年時代の思い出話を語るコラム記事を読んだが、キムチに触れていたところを覚えている。

 

「……冬は教室のダルマストーブに弁当箱を並べて温めていたのですが、うちのおかずはキムチしかない。そのにおいが教室中に広がって、くさい、くさいと騒ぎになった。自分もくさいと思ったのですが、気がついたら原因は自分だった……。自分が二重に壊れてしまった感じで、くさいと言っている連中を一人ずつ殴りつけました」

 

高史明氏はお母さんを早くに亡くしているので、このお弁当はお父さんが作ったものだと思う。
それを思うと、余計に胸に迫ってくるものがある。

 

1930年生まれの韓国人女性イ・サンクム(李相琴)さんが、15歳で帰国するまでの思い出を綴った『半分のふるさと』にも同じように「キムチ入りのお弁当」がもたらした冬の日の教室内のほろ苦い思い出を書いている。

亡父の思い出にも当然キムチが出てきた。
1930年代いなか町の尋常小学校に、ほぼ初めての朝鮮半島出身の子どもとして入学したのだが、お弁当のおかずはキムチだけ。

他の子どもはうめぼしだけのいわゆる日の丸弁当

その当時は麦入りのご飯が当たり前で、お弁当を持参できない子もいっぱいいたので、持参できるものがあるだけで恵まれていたという。

まわりから「くさい、くさい」といわれたので、隠して食べたり、わざと持って行かなかったりしたという。
祖母はキムチを水で洗ったりして入れてくれたが、父はみんなと同じうめぼしにしてほしいと必死に頼んだらしい。
祖母はどんなものかわからない。
仕方がないので、手に入ったまだ青い梅を切って入れてくれたらしいが、おいしくなかったという。
当たり前だわ。
高史明氏もそうだが、亡父も笑い話として語る心境には達していた。

日本社会でKoreanが定着するところには必ずキムチがついてきた。


日本社会で一番早くキムチの美味しさに気づき、食生活に取り込んできたのは九州ではないかと思う。

「うちは朝鮮漬けも作りますよ」

なんて聞いたのも九州のお宅だった。

九州では早くから「朝鮮漬け」として、家庭でマメな女性たちに漬けられてきたようだ。

自分で白菜を栽培して、キムチを自分で作っている人を2人知っているが、偶然だろうかどちらも九州出身だった。

 

とにかくキムチとして、広く日本の家庭の食卓にも上るようになったのはこの数十年だと思う。
夫もそうだが、キムチをほんとうにおいしそうに食する日本人がいる。
当然まったく忌み嫌う人もいると思う。
私もそれに近いところがあるので、匂いがついていけないんだと思う。

 

反韓嫌韓を煽る言論や行動の仕事についている人のことを考えていると、案外キムチは好きで食べている人もいるような気がする。

 

戦前のキムチが受けてきた異物としての扱いのひどさを知っているので、日本人の食欲を満たすことで確固たる地位を勝ち得たキムチの忍耐と努力に拍手を送りたい。