Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

『キューポラのある街』を久しぶりに鑑賞

1年前『キューポラのある街』をテレビでやっていることがわかり久しぶりに観た。
数十年ぶりなので、あらためて知ることもあり、思わず涙ぐんでしまったり、おかしくて苦笑いしたり最後まで楽しんだ。

 

吉永小百合さんがほんとにいい俳優だということを再認識。
ほかにも助演女優男優賞をそれぞれさしあげたいような脇を固める名役者がたくさん出ていて、昭和の工業地域の下町の雰囲気を残す貴重な映画だと思った。
演じた俳優たちがほとんど亡くなっていることを考えるとなおさらだ。

 

それと北朝鮮へ帰国する友との友情や、子どもや大人たちのそれなりの露骨な差別感情をともなった「朝鮮」「朝鮮人」ということばもストレートに出てくる。

もう死語になった「北鮮」という言葉が、この帰国事業のためにしばらく新たな使命を得て息を吹き返したという自論を再確認した。

 

今回とくに印象に残ったのは、職人気質の主人公の父親の、時代の波を受けて機械化されていった現場へのかたくなな拒否感情だった。
労働者とか労働組合ということばもよく出てきた。
日本の労働組合の高揚期の一側面を切り取ったような映画で、それはそれで時代の記録になっている。

イタリア映画の「鉄道員」と重なる部分も見つけた感じ。

 

ショッキングなシーンもあった。
主人公が若い男たちに睡眠薬(?)入りのビールを飲まされて、意識が朦朧としているなかで輪姦されそうになった。
今も同様なことはあり、犯罪の手口としては古くからあったということらしい。
被害者多かったのだろう。

 

アジア図書館の蔵書として過去に紹介した記事。

 

fareast2040.hatenablog.com

 

 アジア図書館で実際に個人的にきいた話しで、主人公のやんちゃな弟タカユキが子分に見送られて帰国したと考えられる事例。

 

fareast2040.hatenablog.com

 

歳をとって涙もろくなってきたかもしれない。
一番感動したシーンは、主人公の友人(15歳前後?)が一緒に帰国しないことにした日本人のお母さんに弟の帰国への気持ちがぐらつくから会うのをやめてくれと頼むところ。
演技がうまいわ。
いろいろな家族の事情があったのだろう。
Koreanが話せない彼女は、帰国後言葉の壁にぶつかって努力したのだろうなとかいろいろ考えさせてくれる。

 

帰国事業そのものの是非は当時と今では情報量もちがい、今だからいえることだと思っている。戦後のイスラエル国家建設に関するユダヤ人の帰国事業からいい(?)影響を受けているようにも感じた。
北朝鮮は別の民族が住んでいた地ではなかったので、さらにスムーズにいった感じ。

 

最後、主人公が橋の上を思いっきり駆け抜けていくシーン。
吉永小百合さんの健康的な走り方が束縛されない自由を表現しているような感じがしてさわやかだった。

貧しいけれど、働きながら夜間高校で学び、自分のまわりの社会の矛盾や物事を考えて、自分の考えをもった大人になっていきたいという自立宣言ととった。

 

昭和の社会派映画の名作のひとつにあげたい作品だ。