Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

朝鮮戦争前夜の香港をえがいている『慕情』

文庫本『慕情』(角川文庫)著者ハン・スーインは、「もう読み返すことはない」と思い手放した。

この本はアメリカ映画「慕情」の原作“A Many-Splendored Thing”(多くの輝けるもの)の全訳だった。

もう絶版で図書館の書庫におさまっている作品だ。

ネットではかなり高額で売られていてびっくりしている。

 

原作の刊行は1952年で、日本では深町真理子さんが翻訳して1970年に発行された。

映画自体は1955年に公開されている。

 

ベトナム戦争もそうだけれど、朝鮮戦争には強い憤りを感じてきた。

大国の裏であやつる人たちの思惑で起こされた無意味な戦争と思ってきた。

今はこうでもしないと決着がつかなかったのかとも思わないではない。

 

ある会社が倒産したので、管理職は全員撤退することになった。

会社の運営をほとんど経験してこなかった残された者たちは、業務引き継ぎもないまま会社の再建をすることになってしまった。

そこへ大火が起こった。

私にはこんな風に朝鮮戦争は例えられる。

 

父の親族があの時代をどう生き抜いたのだろうかとも思う。

この戦争が起こらなかったら、父は多分日本にいなかっただろうから今の私も当然生まれていない。

叔父の一人はこの戦争に従軍して負傷した。

 

主人公の恋人マークはイアン・モリソンというイギリス人特派員で、東洋文庫の基礎になったモリソン文庫を創った人の息子とどこかで読んだが、多分正しいと思う。

デザインも内容も硬派の東洋文庫は、アジア図書館の誇れる蔵書の一部になっていた。

 

物語は、香港を舞台にした1949年から1950年にかけての激動の時代の出来事を、ラブストーリーを織り交ぜながら描いていて、映画とは一味違う。

個人的にこの本が好きだったのは、主人公の恋人マークが従軍記者として朝鮮戦争を現場で見ていたからだった。
主人公ハン・スーインは同じアジア人としてのKoreanの受難を憂い、マークは恋人と同じアジア人としてのKoreanを気にかけている心情が手紙で綴られている。

マークがKoreanが地上から消えていくのではないかとつづる箇所は、胸をつぶれる思いがした。
リベラルな外国人が見聞した朝鮮戦争の記録も含まれている作品と考えると、珍しいものに思えた。

当時の香港は、外国の特派員や記者が多数集まり、「アジアの十字路」とか「竹のカーテンの隙間」といわれていた。

中国では反米運動が高まり、難民が香港や台湾に逃げてきていた。

一方が「共産主義の脅威」をいい、他方は「帝国主義の戦争欲」と非難しあう政治的緊張が続く社会がつづられて、東西冷戦時代の幕開けになった。

そんな中で、主人公が戦争が始まったことを知ったときの様子が印象に残っているので、抜粋する。

わたしたちはベイ・ホテルのベランダで昼食をとった。
そのとき、べつのテーブルにいた肥った禿げ頭の男が、こちらに身をのりだし、アンに言った。
「ニュースを聞いたかね。アン?」
「いいえ」
「朝鮮だ。北鮮が南鮮に攻めこんだ。ゆうべ38度線を越えて侵入したそうだ」
「まあ」アンは言った。
「じゃあ戦争ね」
アメリカ軍がぞくぞく戦線に向かっている」肥った男はいった。
アメリカにとっちゃありがたい話さ。めんどうな宥和政策なんてものがいらなくなってね。まあ見てるがいい。いまいましいロシア人どもに一泡吹かせてみせるから」

つづく数日間は、わたしにはぼんやりした悪夢の連続でしかなかった。
歓呼と狼狽と予言とのごった煮が、四方からわたしに襲いかかった。
一部の人のなかには、不穏な、不確かな平和という退屈から、やっと解放されたという開放感、とにかくこれでどちらかに結着がつくという一種の安堵感があるのをわたしは認めた。……
(512~513ページ)