Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

従軍慰安婦の時代背景を文芸作品で考える

作家宮尾登美子の文体が好きで、エッセイを若い頃よく読んだ。
小説は1冊も読んでいないが、映画化を通じて花柳界(この表現でいいのか?)という、普通の人なら書けない世界で生きる女の人生をたくさん描いていることはわかっていた。

 

彼女はとてもめずらしい人だ。

彼女の父親は娼家を経営していた人で母親とは離婚したので、彼女は父方で育てられた。
生家の家業については長く恥ととらえていたようだ。

 

その父親が亡くなって遺品を整理したとき、親族が誰も興味をもたなかった父親の仕事上の記録帳のようなものを見つけ、彼女がもらい受けた。
その遺品によると、日本内地から満州方面まで娼館で働く女性を集めて連れていくような仕事もしていたことがわかった。
その際のお金の出納も記録されていたと記憶している。
このあたりはもうはるか昔の読書歴なので、私の記憶はあいまいだ。
とにかくかなり貴重な資料を偶然入手したおかげで、表にでにくい父親の仕事を反映した小説を書くことができた。


正式になんと呼べばいいのかわからないので、彼女の父親の仕事は○○紹介業ということにする。
こういう仕事があることが印象に残った。

そういえば、日本映画でこういう紹介業の男が若い女を家からつれていくシーンは何度か見たことがある。

娼婦のいるところに必ず○○紹介業につく男の存在があった。

 

彼女は長く父親の仕事に対してコンプレックスをかかえてきたが、自分にしか書けない小説を手がけることで跳ね返した。

 

明治以降、東南アジア各地に日本町ができると、娼館の需要が生じた。
ノンフィクション作家山崎朋子は、日本に帰国して地方の片隅でひっそり生きている元娼婦だった老女と何とか接触することに成功し、信頼関係を築いて話しを聞き取り、『サンダカン八番娼館』を世に出した。

このノンフィクションは話題になったし、よく読まれたし、本は読んでいなくても、多くの人がからゆきさんという娼婦たちの存在を事実として受け入れた。

後にこの作品の映画化の話しが出たとき、この作家は映像でセンセーショナルに扱われて元娼婦に迷惑がかかることを危惧して悩んだとどこかで読んだ。

今でもビルマには帰国できなかったからゆきさんたちのお墓が残されている。

 

戦前、朝鮮半島にいた植民者の日本の人はみな優雅に暮らしていたのだろうと思っていたのだが、父の話しによると、ものすごく苦労していた人も少なくなかったらしい。
何とか聞き取れた例の一つが、病気をもち、やせ衰えているにもかかわらず無理に客をとらされていた娼婦だったという。

戦争中、もう内地では娼婦のなり手が見つけにくい状況があったのではないかと思っている。

もちろん当時の朝鮮半島では現地のKoreanが経営する娼館も多かったのだろう。

ないはずがない。

 

戦後、中国東北部から開拓民が避難していく途上で、ソ連兵から陵辱を受けた女は少なくない。他の若い娘を守るために、自ら進み出て犠牲になった女の話しも読んだことがある。

終戦まもない頃、日本列島に上陸した米兵がみな行儀のいい人だったはずがない。
振る舞いの悪さは現在も数は少ないかもしれないが、ずっと続いている。


五味川純平の『人間の条件』には開拓民の一人の女子高生が一人の日本兵にレイプされたり、中国の捕虜の男が、目の前で日本兵に自分の妻が輪姦されたと語るくだりもあったと思う。

アグネス・スメドレーの『偉大なる道』でも、中国のどこかの市長が日本の将校を接待するために宴会を開いたが、自分の妻をその場でレイプされたというくだりがあった。

もっとさかのぼれば、義和団の乱を制圧するためにきた西洋列強の将兵たち、南京事件での日本兵、そして内戦時の国民党軍によってどれだけ多くの中国の女が陵辱を受けてきたかが書かれている。

 

近代のはじまりから戦争時の、強者による弱い立場の女へのレイプや輪姦など枚挙にいとまがない。

 

こういう売買春や将兵たちによるレイプが公然と行われる時代を背景にして従軍慰安婦については考えている。