Out of Far East

東アジアの文化歴史の個人的覚書

族譜の思い出

f:id:fareast2040:20210308104354j:plain



韓国語では「チョッポ」と発音する。
 
父系血縁集団である宗族の重要な人物の事績や重要な事件や家訓などを記載した文書である。
中国が発祥で朝鮮半島も影響を受けて作られたもので、15世紀まで遡るらしい。

15世紀に何かあったんだろうか? それとも16世紀ぐらいに出自を明確にしようという運動が地方であったのだろうか?
 
いつのことか私が育った家にも「族譜」が突如あらわれたことがあった。
かんたんにいえば、中祖の偉人を同じとする一族の家系図やそこに連なる男系男子の個人情報である。
最近のものは、時代の変化を受けて、女子の情報も載るが、家系図には連ならない。 

個人的には骨格はある程度は信用するが、必ずしも歴史的文書としては扱えないと考えている。

しかも人に見せるものではないし。

これは韓国にいる親族が、アイデンティティ確立の一助にと考え、好意で父に贈ったものだった。
電話帳のような厚さの本が10数冊並ぶもので、1メートル近い。

1冊1冊の背表紙がしっかりしているので、立てても倒れにくい。
しかし狭い部屋に置くには存在感がありすぎて、息苦しささへ感じてしまう。
 
儒教世界に片足は置いていた父でもあるし、歴史好きでもあるので、一応男系男子の名前を確認しながら、一族の検証はしていた。
歴史に興味があるという点では私がその傾向を持っていたので、いろいろなことを聞いた。

女子である私には関係ないが、行列字という一族が世代ごとの男子につける名前も父から聞いていた。

 
私は親族のことをあれこれ調べる際、とても便利な資料として2冊だけ手元に置いていた。
最新のものが作成されていることは聞いていたので、父が亡くなったときの身辺整理の際、残りは処分した。
日本でいえば、赤の他人の個人情報を保持するメンタリティーがないからである。
あくまでも資料として私は保持していた。

つい最近その2冊も大事な情報だけをノートに抜き書きして、処分してしまった。
 
在日の方で「自分は○○中祖から○○世だ」「ルーツは新羅の○○王」という表現を他人になさる人を見かけたことがあるが、ちょっと恥ずかしい。
「それがどうしたん?」と思える感覚の方が日本社会では健全だと思う。

といっても、在日の方ももう世代を重ねてきて、こういう朝鮮半島由来の出自を語る習慣はほとんどなくなってきていると思う。

北朝鮮では建前としては封建制度を否定しているので、こういう習慣はほとんどないと読んだことがある。

よくは知らないので断定できないけれど、韓国の伝統文化としては現代も生きているように思う。
お見合いとかで重要な情報になるのかしら? そうでもない気もする。
とにかく日本に持ち込んで他者にひけらかすことには違和感があるということである。

日本ではそういう情報に価値を置く人はほとんどいない。
 
私の名前も女子にもかかわらず記載されている。

これは韓国にいる親族が生年月日は定かでないが、名前だけは載せておきたいという配慮がなされた結果である。
 

韓国で族譜を保持して家で飾る慣習は、日本でいえば床の間の置物とか掛け軸へのこだわりと似ているように思う。または節句に飾る雛人形、鎧兜?

あくまでも保持していることに価値を置いている感じがする。

日本では15世紀までさかのぼる家系図を持っている家庭はほとんどないと思うし、先祖で社会的に出世をした人物を特別に顕彰する伝統もない。

 

最近山口県の名門の大内氏の先祖が百済の○○王だという情報を知って、その家系の辿り方が朝鮮半島の慣習に近いものを感じて、地理的になるほどありえる話だと思った。

 

むかし、たぶん私の前だからこういうことを話題にした人がいた。
九州出身の男性だったけれど、母方の先祖は庶民に一般化する以前から苗字を持つ家柄で朝鮮半島の貴族に辿れるという珍しい話を聞いた。
これぐらいしか直接人と出自に関する話題をしたことがない。

これは部落解放運動の功績だろうか?

 

こういうことがはっきりくずれるのは、やはりroyal family周辺の婚姻の時だと思う。

 

日本で儒教的慣習からほとんど自由というか放ったらかしの環境で育ったので、儒教から完全に離れてしまい、それどころか批判的な立場でもある。
族譜から抜き書きしておいた情報も、時間とともに不要のものになってしまい処分した。

個の人として生きる一歩だ。

 

fareast2040.hatenablog.com